お侍様 小劇場

   “冬深し” (お侍 番外編 39)
 


そういえば以前は、
独りで家にいる間は すぐにもすることがなくなって、
手持ち無沙汰になってしまうことが多かった。
成人男性の二人住まいで、
双方ともに凝った趣味も無く、さして散らかしもしないと来ては、
そんな落ち着いた生活ぶりであるのも当たり前。
それでと熱中していたガーデニングや家事だったのに、
こちらのそんな事情も知らないで、

 『あんまり根を詰めるでない』と。

大変なようならば専門の業者へ頼んでもよいのだしなどと、
何とも頓珍漢なことを言い出して。
返す言葉がなくてのつい、眸を潤ませてしまった七郎次だったのへやっと、
すまぬすまぬと慌てて謝ってくれた勘兵衛だったのを、ふと思い出す。

 「♪♪♪〜♪」

何かと乾いてしまう冬場には嬉しい華やぎ、
小鉢に幾つも、赤や黄色や緋色の可憐な花を咲かせている、
プリムラのポリアンサやジュリアンは、
様々な種類があって、集め始めるとキリがなく。
小さなバラのように花弁が巻いて重なっているのもあれば、
パンジーのような平たいものには、
ベゴニアみたいなはっきりした配色のものが多くって目にも鮮やか。

 “今年も綺麗なのが咲きそろいましたねvv”

ポリアンサを特に集めたテラス前、
次々に咲く花を根気よく剪定し続ければ、3週間も楽しめるというから、
この時期には欠かせないものとして、七郎次の世話にもついつい熱が。
しかも、一シーズンのみの花に見えるが、その実、夏場を越せる多年草でもあり。
涼しいところに鉢を保管しておれば、次の冬場も同じ花がお顔を出すとか。
これについては ほんの最近になって五郎兵衛さんから聞いたこと、
やあそれは知りませなんだと、早速にも今年のからやってみる所存のおっ母様。
そうするためにも健やかな株を保たねばと、
洗濯ものの乾き具合をチェックしてから、
小ぶりな鉢が居並ぶ庭の縁、ひょいと屈んで1つ1つを丹念に確かめる。

 “こっちの緋色のは、久蔵殿が買って来てくれたんでしたっけね。”

プリムラという棚にあったが、ウチにあるのとはお花の形が違うのでと、
不思議に思って買ったらしいそれ。
シャクヤクみたいに花びらが重なったバラ咲きのジュリアンは、
確かにウチのにはなかったタイプで。
庭いじりのあれこれも いつもお手伝いをしてくれちゃあいたが、
そこまで把握していてくれたとはと、
それだけでも感動ものだったその上へ、

 『…シチに似てる。////////
 『おやvv』

ペットショップのケージを見ていて、
無邪気に戯れる仔猫や仔犬から離れがたいのと同じよに。
淡い色合いの花びらの、可憐なやさしさからどうしても目が離せなくって。
それでつい 買って来てしまったと、しどろもどろに語ってくれた。
見た目の玲瓏でシャープな印象とは正反対に、
言うこと成すこと、稚くもかあいらしい次男坊なのが、
七郎次おっ母様にも こっそり自慢だったりし。

 「…さてと。」

どれもこれも異状は無しと確かめて、
少し厚手のスムースデニムのパンツに包まれた、
すらりとした御々脚を伸ばしてのすっくと立ち上がれば。
生け垣の向こう、すたすた速足でやって来る人影が目に入る。
ここらが突き当たりなせいであまり人の来ない通りなだけに、
人影だというだけでも“おや”との注意が自然と向くその上、
その人影が重々心当たりのある存在だったものだから。
七郎次の青い双眸がはっとして見開かれ、

 「あ…。」

あれあれ、うっかりしていたと言わんばかり、
こちらもまた急ぎ足になっての玄関先まで駆け出した。

 「久蔵殿。」

学校指定のシンプルなコート姿な彼だったのは、
単なる登校じゃあなくの、学校行事の遠出をしていたからに外ならず。
三泊四日という宿泊学習、
御殿場でのスキー合宿からの御帰還果たした彼であり、
…年の瀬に微妙に愚図ってましたが、結局は出掛けたんですね。
(苦笑)
それのみならず、
「こんなお早いお帰りだったのですか?」
保護者への説明プリントには、
最終日は現地で昼食をとってのち、
東京へ向けての帰還、学校での解散とあったのに。
なので、帰宅は夕方くらいになるのかなと、
そんな風に腹積もりをしていたおっ母様であり、
「予定が早まったのですか?」
「〜〜〜。(否否)」
着替えを詰めたボストンバッグ、さあさ貸して下さいなと手を出せば、
ちょこっと躊躇してから、でも、世話を焼くのが好きな彼だと思い出し、
目礼とともにすんなり預けて。
さあ、寒いから家へ入った入ったと、
背中へ手を添え促す彼へ、

 「…。」

言ったものかどうしよか、
微妙に迷ったらしき久蔵、それでも結局 口を開いてこぼしたのが、

 「島田の使いが。」
 「……え?」

ほんの短かなこの一言へ、
立ち止まってまでして、一瞬 意外そうに固まった七郎次の表情が、
徐々に理解を辿ってのやわらかくほぐされる。
「そう…ですか。勘兵衛様の。」
ちょっぴり取り留めのない、落ち着き失った不安げなお顔になったのへ、
「シチ…。」
ああ、やはり言わなけりゃあよかったかしらと、
こちらもうろたえかかった久蔵だったのは。
彼とても、自分が不在なその間に勘兵衛が“務め”へ出ていようとは、
まるきり知らされていなかったからであり。

 『久蔵様。』

宿舎だった山荘の大きな食堂で、
クラスメイトらと共に一緒くたに昼食をとって。
さあ後は帰るだけ、バスに乗る前に荷物の整理だ、
忘れ物がないようにな、点呼まで時間がないぞと、
結構な数の生徒らが、
ホールや廊下などなどで 三々五々ざわついていたそんな中。
スキー場に合わせた いで立ちということだろか、
場違いな黒スーツよりは浮いてはなかったかも知れないが、
やたら姿勢のいいお兄さんたちが、
型のみならず色までお揃いのスキーウエアに、
やはり同じ型の濃色のゴーグルを装着したまま数人居並び、
いち男子高校生を前にササッと姿勢を正した態は……やや微妙。
『?』
それへと動じなかった久蔵も久蔵で、
出張先の海外で 突然養父が倒れたとの知らせだったと、
口裏合わせたその上で、
七郎次が学校へ出向いて説明することとなったのは、
まま後日のお話だけれども。
実のところは、そんな大変な事情なぞ欠片ほども起きてはなくて。
急な務めへの招集がかかってしまった勘兵衛が、
間の悪いことには久蔵が学校行事で不在の島田家だったので、
そんな次男を火急に帰宅させんがための手として、
そのような“出迎え”という手配を打っていたらしく。
彼らが用意した車にて、そのままの直帰という格好で、
ここの通りの入り口までを猛スピードで送ってもらった彼だったらしい。

 「妙なことへばかり気の回るお人ですよね。」

くすすと苦笑した七郎次だったのへ、久蔵も小さく微かに笑って返す。
たった一人でのお留守番となってしまう七郎次をおもんばかって、
そのようなとんでもない手配をした勘兵衛だということ、
日頃の彼であったなら、
もうもう なんてことをなさるかと、
困ったように怒って見せたのではあるまいか。
そうではなかった彼だったということがそのまま、
気丈に頬笑んでいるものの、実は気落ちしている証拠のようで。

 「シチ。」

リビングまで上がって、ああいけないと、
庭いじり用のエプロンを外しに、窓辺へ進みかかった母上の背中へ、
こちらはまだコートを着たまんまの次男坊がしがみつく。
勘兵衛からの気遣いが、やはり必要な彼だったらしいのが何だか切ない。
気丈な人だが、それでも…寂しさを感じないわけじゃあないのだと。
誰かへばかり優しい彼の、自身の心のうちの 一番やあらかいところ、
慈しんであげなきゃあと思うのと同時に、

 “…。”

きっと七郎次の側は側で、
久蔵殿が案じぬように、気丈に努めねばと気を張ることで、
勘兵衛の不在を今ほど“寂しい”とは意識しなくなるのだろ。
そんな手配が打てるほど、あの勘兵衛の方が彼をよくよく知っているのだと、
そんな事実を突きつけられたのが、今更ながらに口惜しくもあって。

 「久蔵殿?」

そんな錯綜した機微にまで、感受性を深めつつある久蔵だということ、
気づいているやらどうなやら。
自分の気落ちを嗅ぎ取った末のこととは知らず、
どうしましたかという声をかけた七郎次だったのへ。
やわらかな背中の感触を、頬にて堪能した次男坊、
エプロンの陰になってたあたりについていた、
小さな花がら…しおれたの摘み取った小花を摘まんでみせる。
それを取ってあげたのだと、微妙な誤魔化しをした次男も次男なら、

 「あらあら、すいません。」

うっかりしてました、ちゃんと払って来なくっちゃと、
誤魔化されたまま、窓辺へ急ぐおっ母様だったりし。
この場になくとも影響力の大きな父へ、
果報者なことよと憎まれをつくのも今日は辞め。
今だけは、どうか無事に とっとと戻って来いよと、
思わずにはいられない、久蔵殿でもあったらしい。
窓の外には乾いた冬の晴天が広がっており、
そんな空から降る陽に照らされ、
可憐な花々が幾つも幾つも、健気にも風に揺れてる午後である。






  〜Fine〜 09.01.16.


 *猫キュウばかり更新してましたが、
  こちらのご一家も相変わらずに息災らしいです。
  約一名不在ですが、
  妻を案じて、石にかじりついたって戻って来るだろから心配は要りません。
(こらこら)
  久蔵殿を一刻も早く帰宅させるため、ややこしい手を打った勘兵衛様ですが、
  案外と、周囲は奇妙なことだとは思ってなかったりして。

  「え? だってあのお宅って、
   どこかの国の皇太子とか貴族の誰それが、
   世を忍んでのホームステイなさってるご家庭なんでしょう?」
  「だってねえ? あんなきらびやかな人たちばかりがおいでなんですもの。」
  「だから、その護衛のSPだって出入りくらいはするでしょうし。」

  それって、キュウさんがシチさんを木曽まで攫ってった時の話でしょうか?

  「こないだも、裏手のお庭から一人乗りのヴィトールが飛び立ってって。」

  いやいや、それはゴロさんちの工房からですてと、
  ややこしい事情も混線しての、とんだ誤解を既に招いていたら面白いvv


 *話変わって、
  猫キュウのお話(拍手小話)でも使ったネタですが、
  冬場のガーデニングと言えば、
  パンジーのような小さな鉢植えでお馴染みの、
  プリムラでしょうと紹介されていたもんだから。
  実はあんまり詳しくなかった筆者、
  あーでもないこーでもないとググッてお勉強いたしまし。
  プリムラというのはサクラソウ科のずんと大きなくくりの名前なんだそうで、
  その中に、ポリアンサとかジュリアンとか、
  オーリキュラなんていうのが多種あって、
  色合いのみならず、パンジーみたいな平たいのから、
  バラ咲きといって花びらが巻いてる華麗なのまで、
  姿形も色々なものが園芸用として流通しているとのことです。
  花がらという枯れてくのを、小まめに摘むのが面倒といや面倒なのですが、
  それを怠らなかったら、
  綺麗な花が次々咲くのを結構長いこと楽しめるそうで。
  春を待つ間の華やぎに、お一ついかがでござろうか?

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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